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2026年2月16日 ブログ

「葉っぱ浮いたお湯」お茶!!が世界を変えるまで

はいどーもー、お久しぶりですコムです!

だいぶ期間空いてしまいましたが、前回茶香炉に触れたので、折角ということで自分の趣味であるお茶にまた触れましょう!


​「お茶柱立った!ラッキー!」なんて一喜一憂してるそこのあなた。実はその一杯、数千年にわたる「意識高い系」人生エンジョイピーポーたちのバトンリレーの結果だって知ってました?

​緑茶の波乱万丈な人生(茶生?)を、サクッと覗いてみましょう。

​1. 始まりは「毒消し」のサプリだった(古代中国)

​時は紀元前。伝説の農業オタク、神農(しんのう)さんが主役です。

「煎じる」への進化: 最初は葉をそのままモグモグしていましたが、「これ、お湯で煮出したらもっと効率よく成分が摂れるんじゃね?」と考えたのが、私たちが知る「飲み物としてのお茶」の第一歩。お茶は、究極のサバイバル・スープとして誕生したのです。

体当たり調査: 彼は「この草、食えるかな?」と片っ端から植物をムシャムシャしては、1日に何度も毒に当たるという超ハードモードな生活をしていました。

偶然のひらめき: ある日、いつものように毒草を食べて苦しんでいた神農さん。ふと傍らにあった茶の葉を噛んでみると、あら不思議。「体が洗浄されるみたいにスッキリするぞ!」と気づきます。

​2. 日本の僧侶、お土産に「最新トレンド」を持ち帰る

​平安時代、中国に留学したお坊さんたちが「向こうでマジでヤバい飲み物流行ってるわ」と日本に持ち帰ります。

  • 貴族のステータス: 最初は「え、これ薬でしょ? 苦いけど体に良さそう!」と、意識高い系の貴族や僧侶の間でだけ流行。今で言う「海外セレブ御用達のスーパーフード」みたいな扱いですね。
  • 栄西さんの布教活動: 鎌倉時代の栄西さんは「お茶を飲めば寿命が伸びるぞ!」と、お茶の効能をまとめた本を出版。現代の健康雑誌の先駆けみたいな人です。
  • 栄西って何者?: 臨済宗という禅の宗派を日本に伝えた偉いお坊さんです。中国(宋)へ2回も留学した、当時の「最先端ナレッジの塊」みたいな人。
  • 日本初の「お茶の本」を出版: 帰国後、彼は『喫茶養生記』という本を書きました。内容はズバリ「お茶は心臓の薬。飲めば長生きするぞ!」という健康マニュアル。
  • 二日酔い対策でブレイク: 当時の将軍・源実朝がひどい二日酔いで苦しんでいる時に、栄西がお茶と一緒にこの本を献上。すると実朝の体調が劇的に回復し、「お茶、マジ神!」と幕府公認の飲み物になったのです。

​3. 戦国武士、お茶にハマりすぎて「茶室」にこもる

​戦国時代になると、お茶は「メンタルケア」兼「政治の道具」に進化します。

  • 千利休のプロデュース: 「豪華なのはもう古い。狭い部屋で静かに飲むのがクールだよね(わび茶)」というミニマリズムを提唱。
  • 戦士の休息: 明日は明日の風が吹く激務スタイルの武士たちが、刀を置いて狭い茶室で一服。これ、現代人の「デジタルデトックス」に近い感覚だったのかも。

​4. 江戸時代のイノベーション:ついに「緑色」に!

​実は、それまでのお茶って茶色っぽかったんです。それを変えたのが、江戸時代の発明家・永谷宗円

  • 神アプデ: 蒸して揉むという「宇治製法」を開発し、ついに鮮やかな緑色と甘みをゲット!
  • 昔の製法(青製以前): それまでは、茶葉を釜で炒ったり、煮たりしてから天日で乾かす方法が主流でした。これだとお茶の色は茶色っぽく、味も今の番茶に近い、野性味あふれる感じだったんです。
  • 宇治製法の革命: 1738年、永谷宗円が「もっと綺麗で甘いお茶を作りたい!」と一念発起。茶葉を「蒸して」から「手でこねる(揉む)」という宇治製法(青製)を編み出しました。
  • 見た目の衝撃: この製法で淹れたお茶は、透き通ったエメラルドグリーン! 当時の人々にとっては、今の僕たちが「青いコーラ」を見るくらいの衝撃的なイノベーションだったはずです。
  • 庶民へ普及: これにより、ようやく僕ら一般人も「あ〜、お茶うめぇ」と言える時代がやってきました。

こうして見ると、緑茶って「薬」から「修行」を経て、ようやく「日常」に降りてきてくれたんですよね

​次にペットボトルの緑茶を飲むときは、「神農さんもこれ飲んでたら毒に苦しまなかったのになぁ」なんて思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

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